人業劇団ひらき座 公式ウェブサイト
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公演情報のページ (2013/12/2
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人業劇団ひらき座第30回自主公演
猫は生きている 2013」

11/30(土)13:30〜、18:00〜
  12/1(日)12:00〜、16:00〜
  名古屋市北文化小劇場

終了いたしました。
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人業劇団ひらき座第107回公演 〜第29回自主公演〜
蛾璃馬亜訪日騒動見聞録(ガリバーがやってきた!)」

  12/1(土)14:00〜、18:00〜
  12/2(日)11:00〜、15:00〜
  名古屋市千種文化小劇場(ちくさ座)

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人業劇団ひらき座第103回公演 〜第28回自主公演〜
ぼくらの『八郎』ものがたり」

  11/26(土)14:00〜、18:00〜
  11/27(日)11:00〜、15:00〜
  名古屋市千種文化小劇場(ちくさ座)

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◎舞台写真は ひらき座日記 をご覧ください

人業劇団ひらき座第100回記念公演 〜第27回自主公演〜
『ひらき座版 西遊記〜冒険の心は花』

  11/27(土)14:00〜、18:00〜
  11/28(日)11:00〜、15:00〜
  名古屋市千種文化小劇場(ちくさ座)

 終了いたしました。
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◎舞台写真は ひらき座日記 をご覧ください

★第26回自主公演 増原彬陽さん追悼公演
嵐の海を越えて〜済州島・沖縄・生命の島〜
2009.11.28(土)13:30開演/18:00開演
2009.11.29(日)12:30開演       
名古屋市千種文化小劇場(ちくさ座)

終了しました
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人業劇団「ひらき座」代表 川瀬まゆみ

 10月3日早朝、電話がなった。私達ひらき座の顧問で座付作家・演出家であり人生の師である増原彬陽さんが亡くなったと。あまりにも突然で信じられなかった。私達にとってまっさんは、あまりにも大きな存在でした。今まだ心の整理もつかない状態ですが、まっさんが繰り返し語ってくれた「人間への讃歌」そして「志」を、私たち団員の力で力いっぱいお届けしたいと思います。
生きて生きて生き抜く
         脚本演出 増原 彬陽


 六月に劇団の仲間と済州島を訪ねた。美しい島だった。韓国でも最南端の観光の島。唯一みかんの実る島。珊瑚と南の魚の遊ぶ島。そして新婚旅行の島だ。車で島の中を案内して貰うと懐かしい感じがする。沖縄であった。米軍基地の金網の無い沖縄であった。標高1950メートルの火山ハルラ山が生んだ島だ。周回道路を走っているといつまでも夕日が輝く。午後8時になっても夕焼けの残光が美しかった。
 かつて日本軍はこの島に4個師団を集中して米軍と戦おうとした。沖縄でも最終的には2個師団だった。戦争が終わったからよかったがぞっとする話だ。なぜ人を支配する人々は美しい海を見ると埋め立てたくなり、豊かな森を見ると「開発」したくなり、とうとうと流れる川を見ると、塞いだりダムで汚そうとするのか。勿論巨大な利権がからむからだがその極限の形が戦争だろう。
 済州島は日本軍の決戦場の悲劇からは免れたが南北分断と冷戦構造の中で3万〜8万の人々が虐殺された悲劇を抱いている。長い韓国の軍事政権を経て共産主義暴動と決め付けられた抵抗の歴史の真相究明と名誉回復がなされようとしている。また今基地建設の話が押し付けられようとしている。私達は沖縄、済州島の美しさを見るにつけ軍事基地や武器を二度と持たない非戦の島をせつなく思い描くのだ。
 島へ行こう。そして生きて生きて生き抜く事を誓い合いたい。

海峡に響きあう歌声を          
        脚本演出    増原彬陽
     

 1984年に出版された岩井好子さんの「オモニの歌」と言う好著がある。高年齢で文字をしらない人々のために開設された夜間中学の教師の岩井さんがオモニ達と触れ合っていき、初めて文字を学んだオモニ達が綴る手紙や文章が感動的なのだ。
 その中に「先生にも知らない歴史があった」と言う章がある。それが1948年から済州島で起こった「四三事件」であった。朝鮮半島を日本が支配し日本の敗戦後の世界の冷酷な対立が朝鮮半島を二つに引き裂く。済州島の数万の人々が虐殺された。封印された歴史を庶民は語り続けたのだ。先生が知らなくても韓国が民主化されてやっと真相究明が行われている。私の胸の中に重くわだかまっていた済州島の人々への鎮魂の歌を今歌おうと思う。舞台で知り合いそして縁あって済州島で知り合った民俗芸能の人々や演劇人音楽人と手を携えて人間の命への讃歌を歌う時がきたのだ。一足早く沖縄の海勢頭豊さんが済州島で歌った。これも縁だ。
 波濤を越えて呼び交わし続けたい。
「トルハルバン」 
                海勢頭豊

 昨年の4月2日と3日、初めて済州島を訪ねて衝撃的な四・三事件を知った。1978年4月3日を起点に、1年以上も大量殺戮が繰り返され、3万人以上の島民が犠牲になった済州四・三事件。その60周年慰霊祭に遺族会から招かれ、歌いはしたものの、苦しかった。
 それにしても済州島は美しい島である。海辺の村の石垣の風景も、沖縄に似ていて懐しい。至る所火山岩がゴロゴロしているが、その岩を利用してトルハルバンは造られていた。涙を湛えているようなこの石のおじさんは、一体何を見てきたのか?あくまでも黙っているその表情を見ているうちに突然、増原彬陽さんの顔に見えて驚いた。
 その後も沖縄と済州の交流は深まり、今年もまた四・三慰霊祭に招かれて歌ってきたが、沖縄に戻った私にひらき座から済州に行ってきましたとの報告を受けて吃驚した。ついにひらき座が動いたことを知り喜んだ。今度の公演はきっと素晴らしくなると期待している。

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