人業劇団ひらき座 公式ウェブサイト
http://www.hirakiza.com

 

 

ありがとう!北青年の家 (2005/03/28)
2005.3.27(日) 
北青旅立ち祭
〜ありがとうそして再見

北青館内ではやらせてもらえず、
向かいの酒屋さんの前を借りてバザー。

北青の元職員、水谷さんを中心にした
工作教室はこどもに大人気!

太鼓研による開幕太鼓

体育館企画のオープニングは
我楽童(がらっぱ)

つぶれそう一座

つぶれそう一座

加藤あきらギター教室

J-singers

北青主催の演劇講座から生まれた
私たちひらき座の公演は
こちら
をご覧ください

北青の主催講座から生まれたサントコ

こんな講座がたくさんありました

北青演劇講座OB

OUTSIDER

OUTSIDER

北青職員

北青職員

北青で一番古いサークル、てんとうむし
(社交ダンス)のダンス教室

武術サークル長拳による武術体験。

主催講座から生まれた北誠の風

フィナーレ
北青にひとこと!(ひらき座公演アンケートより)
廃館になるにあって、僕たち合唱部が参加したのは10回にもみたない回数であるが、このアットホームな感じがなじみやすくてよいと前々から思っている。二年後もまた会えますよう。再見。【高校生 男】 施設面だけでなく、心のバリアフリーを実感できる場所、新しい施設にもそんなコンセプトを期待します。【40代 男】
残念。このような施設を増やすようなことはあっても、減らすことはまったくナンセンスなことです。【男】 "長い間"独特の空間を演出してくれてありがとう!新しい施設もアットホームな空間を。【40代 男】

北青跡地に2年後にできる新施設は

北青玄関に貼ってあった
新施設の概要

体育館はない…

北青年の家について


ひらき座は名古屋市北区柳原にある「名古屋市北青年の家」という、名古屋市立の施設で主に活動していました。名古屋市内に青年の家は今回廃館になった北区のほか、熱田区、中村区、瑞穂区、緑区(宿泊型)の5館が設置されています。

各区にある青年の家は、心身ともに健全な青少年の育成を図るための「名古屋市青年の家条例(昭和45年6月:条例第32号)」という条例に基づき名古屋市が設置したもので、青少年が自由度高く、多目的に利用できる施設としては全国でも先進的な例といえます。(詳しくは市例規類集もご参照ください。)

1日の時間帯を「午前(9:00〜12:30)」「午後(13:00〜16:30)」「夜間(17:00〜21:00)」の3区分に分け、運営しています。

<北青年の家の部屋構成>

3F 第1,2クラブ室・相談室・給湯室・和室
2F 料理室・美術室・美術準備室・教室
1F プレイルーム・体育室・ロビー・事務室

アクセス

市営地下鉄名城線「名城公園」駅下車。1番出口(またはエレベータ)を上がり、地上を右(東)へ進む。しばらく進むと、角にサークルKのある信号交差点があるので左(北)へ曲がる。さらに数分あるくと右手にある。駅から徒歩5分。

駐車場もあります。地図を用意しました!→クリック

北青年の家あれこれ

廃館となるまで1ヶ月間の
北青年の家の写真です。


本が早々と片付けられてしまった、
ロビーの本棚。

本棚の下にはまとめられた本たち・・・。

備品には廃館後の行き先を示すシールが。
ロッカーには、『3月27日までにロッカーに
保管してある物品や館内に保管されている
ものを撤去するように』という内容の
張り紙が・・・。
◎ 創造表現講座その21の中で北青年の家を題材に詩を書きました。
  ここでは、その一部を紹介します。
1.はじめまして
  こんにちは

  心をひらいて
  元気になる
  扉はあった

  私はフツーの子
  −輝きたいの
  何が大切なのか
  −輝きたいの
  何がしたいのか
  −輝きたいの

2.はじめまして
  こんにちは

  ひらいた心に
  仲間が生まれた
  扉はひらいた

  私は日本人
  −輝きたいの
  大切なのは生きること
  −輝きたいの
  生きる力は仲間の中に
  −輝きたいの
  水曜日にはこの場所へ
  つかれた体をひきずってくれば
  仲間がいたから元気になった

  はだしでおどったクラブ室
  太鼓をたたいたプレイルーム
  どてめしを煮た料理室
  汗だく芝居の体育館

  土曜の夜はいつもここで
  みんなと笑ったり泣いたりして
  私はここへ帰ってこれた

  荷物をおいた準備室
  タフロンロープの舞台教室
  不用品バザーの駐車場
    (つづく) 
  君との出会いは
  中村くんの家。
  「中村青年の家」を
  そう勘違い。
  でもそこは本当は
  友達の家のように
  むかえてくれた。

  君との別れは
  松原くんの声。
  30万人の家を
  やめちまえ
  でも金は本当は
  ムダづかいできるように
  とってあるのさ。

  さよなら!
  そしてありがとう
  「やめちまえ」
  なんていうイジワルに
  まけないぞ
  君のような「家」を
  またどこかで
  これからも皆の手で・・・
  新しい仲間を
  むかえるために
1.学校といえば
  受験勉強のための
  つめこみ教育だった

  何となく大人になったつもりだったけど
  本当は何も知らない人間になっていた

  それを教えてくれたのが ひらき座
  北青年の家が生んだ ひらき座

2.仕事を終えて
  疲れた体をひきずって
  通い続けた青年の家

  いつもそこには笑いがあった
  あったかい仲間達に囲まれ
  豊かなうたに心洗われ

  職場で失った世の中への
  希望を取り戻した日々

3.劇団員に祝福されて
  家族が増えて
  家族で通った青年の家

  仲間の中で子ども達を育てる幸せ・・・
  青年の家よ いつまでも!!
社会の波にのまれそうになりながらも
青臭いくらいに純粋だった自分を
忘れずにいられる
学生時代の自分は今の私の原点
週に何度もそこに立ち返ることができる幸せ
私が私でいられる幸せ
  名古屋市はキタナイ
  あらゆる手を使い廃館を決めた
  でもぼくたちは負けない
  ここで出会った仲間と感動
  この想いをうけついでいこう
 
2004 柳原橋っ子まつりより
 ひらき座

 橋っ子祭はおいし〜い(^O^)カレーやブラジルのパンなど食べ物もありました。音舞さんの荒馬、みさきのぶちあわせ太鼓などみていて自分もやりたくなるような楽しいこと、本当におもしろかっです!!!(^O^)/こんなに楽しいお祭りができる北青年の家をなくさないで!(>_<)  【史菜 中1】
★ 武術サークル長拳(北青利用サークル)

 我々が、この北青で練習を始めてはや9年。当時若かった私たちは、大会に出るために、毎日、練習ばかりしていました。
 仕事との両立に苦しみましたが、幸い、すばらしい先生に恵まれたため、正直、自分がここまで出来るようになるとは思いもしませんでした。市営スポーツセンターの競技場や体育館といったスポーツ施設での練習がほとんどの中で、北青のクラブ室やプレイルームは、「特殊な場所」でした。たしかに体育館のような高い天井ではないし、コンクリートの床は、板張りの床のように、高くジャンプした足をやさしく受け止めてくれません。北青でたくさんジャンプ技の練習をした後、足のすねや裏がじんじんと傷みました。しかし、ここで、9年の間、みんな、必死に、本当に足が立たなくなるまで汗を流し、大会の結果に一喜一憂したり、と、この建物に私たちのさまざまな思いが残っています。もう、ここの硬い床で練習することはなくなるんだなとおもうと感無量です。私たちも年をとり、もう選手としては限界と思い始めた頃、廃館の話をききました。
 なんだか、偶然とは思えない因縁を感じ、よけいに悲しい気分ですね。
★ つぶれそう一座(第4回柳原橋っ子まつり参加サークル)

 青年の家は、仕事を持ちながら芝居を作ったり、楽器をならったり、名古屋に住む若者の大切な施設だと思います。使いやすくしたり、今できていない区に増やすならともかく、廃館は絶対におかしい!!若い僕たちが元気に住める名古屋を守るために、みんなで力を合わせてがんばりましょう!
★ 岡崎城西高校男声合唱団(第4回柳原橋っ子まつり参加)

 あの北青年の家を壊すのは実にもったいないように思えました。ああいう建物は大事だと思いました。【岡崎城西高校2年生】
★ 第4回柳原橋っ子まつり当日の観客の感想より

● ひらき座といえば北青、北青といえばひらき座。ここに来ればひらき座さんのことがいちばんよく判る、ホームグラウンド。ここが無くなってしまうのは時代の流れでしょうか・・・。悲しみの極み。
● 本当に北青がなくなってしまうんですね。弥和座(西宮のアマチュア劇団)も北青が、ひらき座さんがなかったら生まれていないなぁ。
● 北青がなくなってしまうと思うとなつかしく、今後のことを思いながら最初から涙が出てしまいました。いろんな大変なことがある中で、ここまで続けて、皆元気な顔で演じていることに本当にすばらしさを感じます。
● 北青年の家がなくなってしまうなんて、来てみてビックリした。
 うりずんエイサー(北青利用サークル)

 長年お世話になっていた北青年の家がまさか閉館するなんて思いもよらず、聞いたときとてもびっくりしました。本当は閉館してほしくないと思います。残り少ない間ですが最後まで利用させていただきたいです。これからもうりずんエイサーは北青年の家で成長をしていきます!
★ サントコ(北青利用サークル)

● 時代の流れと思えば納得ですが、地域とも交流でき、さまざまなグループの方と出会える場所がなくなることは大変寂しいです。
サントコは、7年ほど前の北青年の家の講座がきっかけとなって誕生しました。それまで、知的障害を持った子たちは、作業所と家の行き来だけでしたが、ここの講座をきっかけとして、知的障害を持った子たちの余暇活動に取り組むことになりました。国の制度改正があり、知的障害を持った子たちへの余暇活動参加サービスの提供も支援費の補助対象となったので、この4月からNPO法人を立ち上げ、18歳以上の支援費対象のデイサービスを行い、余暇活動支援をしています。
 振り返ってみると、そのさきかげとなったのが、北青年の家での講座であり、ひらき座さんたちに支えてもらったサントコの活動でした。ひらき座さんはじめ青年の家利用者の皆さんがとっても頑張って頂いたにもかかわらず、北青年の家が廃止になってしまうのはとても残念です。こういう場所がなかったら、サントコの活動も、4月からやっているNPOでの活動もなかったと思います。
 北青年の家の最後の橋っ子まつりに出ることができてよかったですが、今後もこのような場があるといいなぁと思っています。

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