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柳原周辺の史跡紹介のページ (2004/06/04)
私たちがいつも例会をしている名古屋市北青年の家の地元、柳原周辺の史跡を紹介するページです。写真は去年の夏から現在までひらき座で柳原周辺を探索したときのものと、堀川文化探索隊「柳原から土居下へ」(2003.9.22実施)に参加したときのものです。

「北区歴史と文化探索トリップ」名古屋北ライオンズクラブ著より引用

1 西来寺


名古屋城ができて、それまで尾張の
中心だった清洲から名古屋城に
全てが引っ越してきたとき、余った
清洲城の乾(いぬい)の櫓(やぐら)の
門扉を力持ちの開田和尚が持ってきて
西来寺の門扉にしたという伝説がある。

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2 多奈波太神社



小田井村の若者と田幡村の娘の
悲恋物語が伝わっている。
(ひらき座2003年北青年祭公演
『やなぎばなし〜柳原物語』で
とりあげました。)

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3 旧三井名古屋製糸所


明治の頃黒川周辺にたくさんあった
紡績工場のひとつで、
地元では原製糸と呼ばれている。
当時の姿をしのばせる赤煉瓦の建物。
今は鯱バスの寮になっている。

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4 長栄寺



地元では長栄寺を柳原に移した
豪潮和尚の名を取って
"豪潮さん"と呼ばれている。
動物供養で有名。
(ひらき座の座長の犬もここに眠っている)

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5 深島神社



弁天様が祀られている。弁天様は
水のあるところに祀られる神様。
このあたりはもとは沼地で
あったことがうかがえる。

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6 土居下同心屋敷跡



戦の時に危なくなったら、お殿様を
守って逃がすための秘密の役の
人達が住んでいた御土居下同心屋敷。
今は標札があるだけ。


今はバス停にその名を留めている


名古屋城の中にある埋門跡。
ここからお殿様が脱出することになっていた。

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7 安土址



昔はキツネが住んでいる程の森だったらしい。
難工事であった名古屋城築城。
土砂崩れの犠牲になった人たちが、
お盆の月夜に酒盛りをする
にぎやかな声が聞こえて来る
という伝説もある。

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8 七尾天神社



七つの尾をもつ亀の像がある。
七回水をかけて祈ると願いが叶うらしい。

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9 豪潮寺

柳原の長栄寺の豪潮和尚が
亡くなったのが、清水の豪潮寺。

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● 番外編
◆ 枳殻坂


 今の明和高校の西側の坂。
 名古屋城に敵が侵入するのを防ぐために
 道の両側にカラタチ(トゲがある)が
 植えてあったところからこう呼ばれた。

◆ 柳原街道


    
今の柳原通商店街のある通り


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